大雲好日日記-275 「赤光(後半)」

ノウゼンカズラ(凌霄花) 花言葉は名誉や栄光

 

赤光(後半)(令和8年7月13日)

 

つぎに注意したいのは、『赤光』の初版本全体を通して、「赤」「赤々」「あか」「あかあか」「くれなゐ」「茜」「朱」「紅」など、「赤」およびその類語をふくむ歌が多く見いだされることである(全834首中70首ほど)。

 

そのように茂吉が赤という強烈な色彩を好んだことは、もしかしたら息子の北杜夫も指摘しているような彼の癇癪気質(『青年茂吉』)と関係があったのかも知れないが、『赤光』という標題の選定に関するかぎり、やはりそれはつぎのような幼少時の原体験がもとになっているのではないかと思う。

 

茂吉は15のときまで山形の山村で育った。そこにいると美しい朝焼け夕焼は日常のことなのでまったく気にとめることもない。ところが上級学校への進学とともに東京にでてみると、まわりにの殺伐とした風景のなかにあらわれる月、また落ちる太陽のなんと神々しいことか。茂吉はこのときになって改めて日月の放つ「赤」に目覚めたのであろう。

 

朝焼け・夕焼の歌を少しだけ拾っておく。

○入りかかる日の赤きころニコライの側の坂をば下りて来にけり(折に触れ)

○涅槃会をまかりて来れば雪つめる山の彼方に夕焼のすも(折に触れて)

○ひむがしの朱(あけ)の八重ぐもゆ斑(ふち)駒(ごま)に乗リて来らしも年の若子は(新年の歌)

 

茂吉の第一歌集の名は確かに『阿弥陀経』から借りてこられたのであったが、その名に決着したのには以上のようなことが背景にあったのではないかと想像されるのである。

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