彼岸花 彼岸花はリコリンなどのアルカロイド系の有毒成分を植物全体(特に球根)に含んでいます。かつて、モグラやネズミなどの害獣から、大切な田畑の農作物を守るため、あるいは埋葬された遺体を守るために、あぜ道や墓地の周辺に意図的に植えられた歴史があります。
釈尊の教え/禅の教え(1)(令和8年10月3日)
禅は釈尊の教えを淵源とする。しかし、そのことがはっきりしていない嫌いがあるように思う。そこで今いちど源泉にもどって、釈尊の主要な教えを確かめておきたい。
ここでは釈尊の『真理のことば』(岩波文庫)を参照する。その詩句190、191番はつぎのように詠まれている。
「さとれる者(仏)と真理のことわり(法)と聖者の集い(僧)とに帰依する人は、正しい智慧をもって、四つの尊い真理を見る。
――すなわち、(1)苦しみと、(2)苦しみの成り立ちと、(3)苦しみの超克と、(4)苦しみの終滅におもむく尊い八つの道(八正道)とを(見る)。」
釈尊にとって人生は苦なりは、若き時代の釈尊の経験的な事実であった。その苦はつぎの四つ、すなわち生・老・病・死である。
上の文章について少し解説しておこう。
(1)仏・法・僧は三宝と呼ばれ、仏教徒がもっとも大切にすべき三つの宝とされてきた。
(2)「四つの尊い真理」とは(1)から順に、苦についての真理(苦諦)、苦の原因についての真理(集諦)、苦の滅することについての真理(滅諦)、苦の終滅についての真理(道諦)の四つで、全体をあわせて四諦説と総称されてきた。
(3)八正道についてはそこに説明はないが、正しい見解(正見)、正しい思い(正思)、正しい言葉(正語)、正しい行為(正業)、正しい生活(正命)、正しい努力(正精進)、正しい気づかい(正念),正しい心の落ち着き(正定)の八つである。
以上の四諦と八聖道が釈尊の主な教えであった。ところで四諦や八正道の説明中に出てくる「正しい」であるが、何をもって「正しい」とするのであろうか。
仏教では「正定」から生まれる智慧のはたらきによる場合にかぎり、「正しい」と言われる。「正定」とは厳密には「正しい禅定(三昧)」のことである。
禅修行で「正定」がやかましく言われるのはそのためである。そして正しく定に入る方法として、釈尊の菩提樹下の瞑想に範を得て坐禅が実践されている。
ここにおいて禅の教えが釈尊の教えに従っていることが、はっきり見てとれるのである。

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