大雲好日日記-239 「続・放翁陸游」

続・放翁陸游(令和6年6月8日)

 

バイカウツギ(長岡禅塾)

 

陸游にとって最初の結婚は悲劇的であった。

彼は二十歳のころ、母方の姪唐琬(とうえん)と結婚した。

仲むつまじい二人であったが、

この嫁は陸游の母の気に入らず離縁させられた。

数年後、陸游は再婚し、唐琬もまた新しい夫のもとに嫁いだ。

しかし唐琬のことを陸游は終生忘れることができなかった。

 

三十一歳のとき、たまたま沈という人の邸にある庭園に遊んだ陸游は、

同じくそこに遊びに来ていた唐琬と再会した。

その時のことを陸游は詩にしている。

四十年以上経った齢七十五のときのことである。

 

夢は絶たれ 香は消えて 四十年

(夢 断ち切られ 香気は消えて 四十年)

沈園 柳老いて 綿を吹かず

(ここ沈園では 柳も老い 綿毛の花も吹き出さぬ)

此の身は行くゆく稽山の土と作らんも

(やがて 会稽の山の土となる私だが)

猶お遺蹤(いしょう)を弔いて 一たび泫然(げんぜん)たり

(想い出のあとを訪ねれば ふと涙がこみ上げる)

 

また八十一歳のときに作った

「十二月二日夜、夢に沈氏の園亭に遊ぶ 二首」と題した詩には、

こんな言葉も残している。

 

路 城南に近くして 已に行くを怕(おそ)る

(町の南に近づくと もう足が前へ進もうとせぬ)

沈家の園裏 更に情を傷ましむ

(沈家の庭の中に入ると、さらに心が痛むのだった)

 

さらに八十四歳の作に詠う。

 

沈家の園裏 花 錦の如く

(沈家の庭園では いま錦を織りなしたごとくに花が咲いているが)

半ばは是れ当年放翁を識(し)りしならん

(その半ばは この放翁の当時の姿をおぼえているだろう)

也(ま)た信(まこと)なり 美人も終(つい)に土と作(な)ること

(美しい人もついには土と化すのは やはりまことなのだ)

堪えず 幽夢の太(はなは)だ怱怱たるに

(ほのかな夢がたちまち消えて行くのは とても堪えられぬ)

 

陸游のこうした純粋な感情と愛情の持続は、

私たちを驚かせずにはおかない。

幸田露伴は「幽夢」(『幽秘記』所収)と題した小品で、

詩人陸游のそうした深情を巧みに描写している。

 

参考書:一海知義編『陸游詩選』(岩波文庫)

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